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体性幹細胞の自家移植によるパーキンソン病治療効果をライヴイメージングで検証


分子プローブ機能評価研究チーム  林 拓也 



パーキンソン病は、ふるえ、動作緩慢、小刻み歩行などの運動障害を主症状とする進行性の神経難病で、日本では14万人近く(厚生労働省平成20年調査)の患者がいます。現在の治療法は薬剤投与による症状の緩和が主体で、原因であるドーパミン神経細胞の変性を防ぐ、あるいは再生させるなどの根本的な治療法はまだありません。海外では1980年代からドーパミン神経細胞を含む中絶胎児脳の移植手術が実施されていますが、免疫抑制剤の必要性や倫理的な問題のため、一般的な治療法には至っていません。そこで、人工的に分化させたドーパミン神経細胞を移植する再生医療の可能性が期待されています。有望とされているドナー細胞には、受精卵に由来するES細胞(胚性幹細胞)、体細胞を初期化したiPS細胞(人工多能性幹細胞)、成体にもともと存在する幹細胞(体性幹細胞)などがあります。

東北大学の出澤真理教授らのグループは、成体の骨髄に存在する「間葉系幹細胞」から、ドーパミン神経細胞の性質を持つ細胞を誘導することに成功しています(Tissue Engineering Part A. 15(7): p1655-1665, 2009)。骨髄の間葉系幹細胞は、安定に増える細胞であるため比較的少量の骨髄液の採取で済むことや、再生医療の課題である腫瘍化の危険が非常に低いことなど治療に適した幹細胞として注目されています。また分子イメージング科学研究センターは、PET(陽電子放出断層画像法)やMRI(磁気共鳴画像法)などの分子イメージング技術により、神経変性疾患の病態や移植治療の効果について動物を生きたままで非侵襲的に調べる研究を行っています。

今回の東北大学と理研の共同研究では、パーキンソン病モデルサル(カニクイザル)から採取した間葉系幹細胞を効率よくドーパミン神経細胞に誘導し、その細胞を同じ個体の脳に自家移植する治療実験を行いました。障害を受けた左前肢で餌をつかむ際の速度やふるえの改善状況を観察したところ、運動機能は移植8か月後に回復しました。また移植したドーパミン神経細胞の機能をドーパミントランスポーターに対するPETプローブ(11C-CFT)を用いたPET撮像で観察したところ、ドーパミントランスポーターの発現が移植直後に顕著に上昇し、その後徐々に減少しましたが、7ヶ月後も移植前より高い値を持続していることがわかりました。さらに、MRIや18F-FDGを用いたPET検査から、移植片が腫瘍化した可能性はないことが示されました。 これらの成果は、霊長類において、自己に由来する再生細胞の機能を、自己の臓器内で検証した世界で初めての成功例です。今後、移植細胞の長期生存能や機能再生をさらに向上させる技術を開発し、パーキンソン病を含めた神経変性疾患の自己細胞による治療法の確立をめざします。

* この研究は、東北大学大学院医学系研究科(若尾昌平助手、出澤真理教授ら)の研究グループと、理化学研究所 分子イメージング科学研究センター 分子プローブ機能評価チーム(林拓也副チームリーダー、合瀬恭幸テクニカルスタッフ、尾上浩隆チームリーダー)との共同により、医薬基盤研究所「先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業」の支援を受けて行われました。研究の詳細はこちらをご覧ください。
* この研究成果は、『Journal of Clinical Investigation』(2012年12月電子版公開)に掲載されました。


移植前 移植1週後
パーキンソン病モデルサルに自家移植した間葉系幹細胞由来ドーパミン神経細胞のPETイメージング(11C-CFT PET)
ドーパミントランスポーターに対するPETプローブ(11C-CFT)を用いたPET撮像により、脳内のドーパミン神経細胞のライヴイメージングを行った (上が鼻側となる水平断層図。赤色はPETプローブの集積が強い領域)。
(左)パーキンソン病を再現したカニクイザルでは、左側のドーパミン神経細胞が失われた。
(右)細胞移植を行った領域(黄色の矢印)でドーパミン神経細胞の機能が復活したことが、11C-CFTのシグナルによって確認された。