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孤独が脳のはたらきを変える
      -うつ病の治療につながる神経伝達の異常を発見-


分子プローブ機能評価研究チーム  川崎 俊之


 ヒトのように社会性をもつ動物は、育つ環境によって脳の発達が大きく影響を受けます。社会性に関わる脳のはたらきはマウスをモデルにして研究することができ、例えば、離乳後に他の個体から隔離されて育ったマウスは、抑うつや不安行動などヒトのうつ病と似た症状を示します。

 近年、うつ病患者は増加しており、一生の間に6人中1人がうつ病にかかるといわれ、大きな社会問題になっています。うつ病の原因にはセロトニンなどの神経伝達物質が脳で減少することが関わっており、セロトニンを増やす効果のある薬が抗うつ剤として汎用されています。しかし現状では効果が現れるまで3週間程度かかることや、約3割の患者さんには効果がないなどの問題があり、新たな治療薬の開発が待たれています。

 私たちは、脳ではたらく分子の中で精神疾患に関係することがわかっているグルタミン酸受容体(mGluR2/3)に着目し、集団で飼育したマウスと長期隔離飼育したマウスの脳内での量を比べてみました。その結果、隔離ストレスでうつ病様の行動を示すようになったマウスの脳では、前頭前野や海馬とよばれる領域でmGluR2/3の数が増加していることを突き止めました。前頭前野と海馬は、うつ病患者でその機能低下や容積の縮小が報告されるなど、ヒトでも病気と関連していることが報告されています。受容体数の増加と行動の関係を知るため、今度はこのマウスにmGluR2/3のはたらきを阻害する薬剤を投与しました。すると、投与しなかった個体と比べて、うつ状態が改善されることが確認できました。

 今回の研究で、mGluR2/3が過剰にはたらくことでうつ病が発症している可能性が明らかになりました。この発見は、これまでの治療薬とは全く異なる効きかたをする、新しいうつ病の薬の開発につながるものです。

詳しくはこちらをご参照ください。

* この研究は、分子イメージング科学研究センター分子プローブ機能評価チーム(尾上浩隆チームリーダー)と大阪大学大学院薬学研究科薬物治療学分野(松田敏夫教授)との共同で行われました。
* この研究成果は、『Neuropharmacology』(Volume 60, Issue 2-3, Pages 397-404)に掲載されました。


図1
 飼育環境による脳の違い。集団飼育した個体と隔離飼育した個体では、前頭前野と海馬でグルタミン酸受容体(mGluR2/3)の密度に差が見られた。黒いシグナルは、受容体の密度が高い場所を示す。



図2 mGluR2/3阻害剤の抗うつ効果。水の入ったガラス容器にマウスを入れると、通常は這い上がろうと激しく動くが、隔離飼育により「うつ状態」となったマウスは動かない時間が長くなる。このマウスに薬剤を投与すると動かない時間が短くなり、症状の改善が見られた。(棒グラフ上のバーは実験誤差を示す)